差し出した。そしてその小僧の様子をしながら、笑い出した。封書のなかには、汚い墨で妙なことが書いてあった。叔父はにっこりともしないで、袋ごと丸めてそこへ棄てた。
お庄は赧《あか》い顔をして、また水口へ降りて行った。胸がしばらくどきどきしていた。
三十四
燥《はしゃ》ぎきった廂《ひさし》にぱちぱちと音がして、二時ごろ雨が降って来た。その音にお庄は目をさまして、急いで高い物干竿《ものほしざお》にかかっていた洗濯物を取り入れた。中にはまだ湿々《じめじめ》しているのもあった。お庄はそれを縁側の方へ取り入れてから、障子に懈《だる》い体を凭《もた》せて、外の方を眺めていた。水沫《しぶき》と一緒に冷たい風が、熱《ほて》った顔や手足に心持よく当って、土の臭いが強く鼻に通った。お庄は遅い昼飯がすむと間もなく、四畳半の方で針を持ちながら居睡りをしていた。
座敷の方では、暑さに弱い叔母が赭《あか》い広東枕《かんとんまくら》をしながら、新聞と団扇《うちわ》とを持ったまま午睡《ひるね》をしていた。叔母は夏に入ってから、手足にいくらか水気をもった気味で、肥った体が一層|懶《だる》かった。飯も茶をかけて、やっと流し込んでいるくらいで、そっちへ行ってはばッたり、こっちへ来てはばッたりたおれていた。それに下《しも》の方の病気などがあって、日本橋の婦人科の病院に通いはじめてから、もう二週間の余にもなっていた。神経も過敏になって、ちょっとした新聞の三面記事にもひどく気を悩ました。人殺し、夫婦別れ、亭主の妾狂《めかけぐる》いというようなものを読むと、「厭なことだね。」と言ってつくづく顔を顰《しか》めていた。
三、四日叔父がまたどこかに引っかかっていた。晩に家で酒を飲んでいると、向島の社長の家から電話がかかって来たと言って、酒屋の小僧が取り次いでくれた。お庄がその酒屋へ行って聞き取ってみると、社長の夫人が例の賭場《とば》を開いているのだということが、じきに解った。こんな連中は用心深い屋敷の奥の室《ま》へ立て籠って、おそろしい大きな花を引くということをお庄も叔母から聞いて知っていた。その見張りには巡査が傭《やと》われるということもあながち嘘《うそ》ではないらしかった。
叔父は着物を着換えると俥《くるま》に乗って急いで出かけて行ったが、それきり家へ帰って来なかった。向島へ聞き合わしても、社
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