れた。
「ここは顕官の泊るところです。有名な家です」桂三郎は縁側の手摺《てすり》にもたれながら言った。淡路がまるで盆石のように真面《まとも》に眺められた。裾の方にある人家の群れも仄《ほの》かに眺められた。平静な水のうえには、帆影が夢のように動いていた。モーターがひっきりなし明石の方へ漕いでいった。
「あれが漁場《りょうば》漁場へ寄って、魚を集めて阪神へ送るのです」桂三郎はそんな話をした。
やがて女中が高盃《たかつき》に菓子を盛って運んできた。私たちは長閑《のどか》な海を眺めながら、絵葉書などを書いた。
するうち料理が運ばれた。
「へえ、こんなところで天麩羅《てんぷら》を食うんだね」私はこてこて持ちだされた食物を見ながら言った。
「それああんた、あんたは天麩羅は東京ばかりだと思うておいでなさるからいけません」桂三郎は嗤《わら》った。
雪江はおいしそうに、静かに箸《はし》を動かしていた。
紅い血のしたたるような苺《いちご》が、終わりに運ばれた。私はそんな苺を味わったことがなかった。
私たちはそこを出てから、さらに明石の方へ向かったが、そこは前の二つに比べて一番汚なかった。淡路へわ
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