。だがそれはそうたいした美しさでもなかった。その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来へあがってみると、高台の方には、単調な松原のなかに、別荘や病院のあるのが目につくだけで、鉄拐《てっかい》ヶ峰や一の谷もつまらなかった。私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった。すべてが頽廃《たいはい》の色を帯びていた。
私たちはまた電車で舞子の浜まで行ってみた。
ここの浜も美しかったが、降りてみるほどのことはなかった。
「せっかく来たのやよって、淡路へ渡ってみるといいのや」雪江はパラソルに日をさえながら、飽かず煙波にかすんでみえる島影を眺めていた。
時間や何かのことが、三人のあいだに評議された。
「とにかく肚《はら》がすいた。何か食べようよ」私はこの辺で漁《と》れる鯛《たい》のうまさなどを想像しながら言った。
私たちは松の老木が枝を蔓《はびこ》らせている遊園地を、そこここ捜してあるいた。そしてついに大きな家の一つの門をくぐって入っていった。昔しからの古い格を崩さないというような矜《ほこ》りをもっているらしい、もの堅いその家の二階の一室へ、私たちはやがて案内さ
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