蒼白い月
徳田秋声

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)煤煙《ばいえん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)必然|展《ひら》け
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 ある晩私は桂三郎といっしょに、その海岸の山の手の方を少し散歩してみた。
 そこは大阪と神戸とのあいだにある美しい海岸の別荘地で、白砂青松といった明るい新開の別荘地であった。私はしばらく大阪の町の煤煙《ばいえん》を浴びつつ、落ち着きのない日を送っていたが、京都を初めとして附近の名勝で、かねがね行ってみたいと思っていた場所を三四箇所見舞って、どこでも期待したほどの興趣の得られなかったのに、気持を悪くしていた。古い都の京では、嵐山《あらしやま》や東山《ひがしやま》などを歩いてみたが、以前に遊んだときほどの感興も得られなかった。生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙《ひな》びた小さな都会では、干《ひ》からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔らかい懈《だる》い薄っぺらな自然にひどく失望してしまったし、すべてが見せもの式になってしまっている奈良にも、関西の厭な名所臭の
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