しれないのであった。気の弱い彼女は、すべて古めかしい叔母の意思どおりにならせられてきた。
「私の学校友だちは、みんないいところへ片づいていやはります」彼女はそんなことを考えながらも、叔母が択《えら》んでくれた自分の運命に、心から満足しようとしているらしかった。
「ここの経済は、それでもこのごろは桂さんの収入でやっていけるのかね」私はきいた。
「まあそうや」雪江は口のうちで答えていた。
「お父さんを楽させてあげんならんのやけれどな、そこまではいきませんのや」彼女はまた寂しい表情をした。
「どのくらい収入があるのかね」
「いくらもありゃしませんけれどな、お金なぞたんと要らん思う。私はこれで幸福《しあわせ》や」そう言って微笑していた。
 もっと快活な女であったように、私は想像していた。もちろん憂鬱《ゆううつ》ではなかったけれど、若い女のもっている自由な感情は、いくらか虐《しいた》げられているらしく見えた。姙娠という生理的の原因もあったかもしれなかった。
 桂三郎は静かな落ち着いた青年であった。その気質にはかなり意地の強いところもあるらしく見えたが、それも相互にまだ深い親しみのない私に対する一種の見えと羞恥とから来ているものらしく思われた。彼は眉目形《みめかたち》の美しい男だという評判を、私は東京で時々耳にしていた。雪江は深い愛着を彼にもっていた。

 私はこの海辺の町についての桂三郎の説明を聞きつつも、六甲おろしの寒い夜風を幾分気にしながら歩いていた。
「いいえ、ここはまだ山手というほどではありません」桂三郎はのっしりのっしりした持前の口調で私の問いに答えた。
「これからあなた、山手まではずいぶん距離があります」
 広い寂しい道路へ私たちは出ていた。松原を切り拓《ひら》いた立派な道路であった。
「立派な道路ですな」
「それああなた、道路はもう、町を形づくるに何よりも大切な問題ですがな」彼はちょっと嵩《かさ》にかかるような口調で応えた。
「もっともこの砂礫《じゃり》じゃ、作物はだめだからね」
「いいえ、作物もようできますぜ。これからあんた先へ行くと、畑地がたくさんありますがな」
「この辺の土地はなかなか高いだろう」
「なかなか高いです」
 道路の側の崖《がけ》のうえに、黝《くろ》ずんだ松で押し包んだような新築の家がいたるところに、ちらほら見えた。塀や門構えは、関西特有の瀟洒
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