《しょうしゃ》なものばかりであった。
「こちらへ行ってみましょう」桂三郎は暗い松原蔭の道へと入っていった。そしてそこにも、まだ木香《きが》のするような借家などが、次ぎ次ぎにお茶屋か何かのような意気造りな門に、電燈を掲げていた。
 私たちは白い河原のほとりへ出てきた。そこからは青い松原をすかして、二三分ごとに出てゆく電車が、美しい電燈に飾られて、間断なしに通ってゆくのが望まれた。
「ここの村長は――今は替わりましたけれど、先の人がいろいろこの村のために計画して、広い道路をいたるところに作ったり、堤防を築いたり、土地を売って村を富ましたりしたものです。で、計画はなかなか大仕掛けなのです。叔父さんもひと夏子供さんをおつれになって、ここで過ごされたらどうです。それや体にはいいですよ」
「そうね、来てみれば来たいような気もするね。ただあまり広すぎて、取り止めがないじゃないか」
「それああなた、まだ家が建てこまんからそうですけれど……」
「何にしろ広い土地が、まだいたるところにたくさんあるんだね。もちろん東京とちがって、大阪は町がぎっしりだからね。その割にしては郊外の発展はまだ遅々としているよ」
「それああなた、人口が少ないですがな」
「しかし少し癪にさわるね。そうは思わんかね」などと私は笑った。
「初めここへ来たころは、私もそうでした。みんな広大な土地をそれからそれへと買い取って、立派な家を建てますからな。けれど、このごろは何とも思いません。そうやきもきしてもしかたがありませんよって。私たちは今基礎工事中です。金をちびちびためようとは思いません。できるのは一時です」彼はいくらか興奮したような声で言った。
 私たちは河原ぞいの道路をあるいていた。河原も道路も蒼白い月影を浴びて、真白に輝いていた。対岸の黒い松原蔭に、灯影がちらほら見えた。道路の傍には松の生《お》い茂った崖が際限もなく続いていた。そしてその裾に深い叢《くさむら》があった。月見草がさいていた。
「これから夏になると、それあ月がいいですぜ」桂三郎はそう言って叢のなかへ入って跪坐《しゃが》んだ。
 で、私も青草の中へ踏みこんで、株に腰をおろした。淡い月影が、白々と二人の額を照していた。どこにも人影がみえなかった。対岸のどの家もしんとしていた。犬の声さえ聞こえなかった。もちろん涸《か》れた川には流れの音のあるはずもなかった
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