ち木の頂が、スクスクと新しい塀越《へいご》しに見られる。お作は以前愛された旧主の門まで来て、ちょっと躊躇した。

     三十六

 門のうちに、綺麗な腕車《くるま》が一台|供待《ともま》ちをしていた。
 お作はこんもりした杜松《ひば》の陰を脱けて、湯殿の横からコークス殻を敷いた水口へ出た。障子の蔭からそっと台所を窺《のぞ》くと、誰もいなかったが、台所の模様はいくらか変っていた。瓦斯《ガス》など引いて、西洋料理の道具などもコテコテ並べてあった。自分のいたころから見ると、どこか豊かそうに見えた。
 奥から子供を愛《あや》している女中の声が洩れて来た。夫人が誰かと話している声も聞えた。客は女らしい、華《はな》やかな笑い声もするようである。
 しばらくすると、束髪に花簪《はなかんざし》を挿して、きちんとした姿《なり》をした十八、九の女が、ツカツカと出て来た。赤い盆を手に持っていたが、お作の姿《なり》を見ると、丸い目をクルクルさせて、「どなた?」と低声《こごえ》で訊いた。
「奥様いらっしゃいますか。」とお作は赤い顔をして言った。
「え、いらっしゃいますけれど……。」
「別に用はないんですけれ
前へ 次へ
全97ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング