いが、胸一杯に漂うていた。
 お作は机に肱《ひじ》を突いて、うっとりと広い新開の町を眺《なが》めた。淡《うす》い冬の日は折々曇って、寂しい影が一体に行《ゆ》き遍《わた》っていた。凍《かじか》んだような人の姿が夢のように、往来《ゆきき》している。お作の目は潤《うる》んでいた。まだはっきりした印象もない新吉の顔が、何《なん》かしらぼんやりした輪のような物の中から見えるようであった。

     十

 幸福な月日は、滑るように過ぎ去った。新吉は結婚後一層家業に精が出た。その働きぶりには以前に比して、いくらか用意とか思慮とかいう余裕《ゆとり》が出来て来た。小僧を使うこと、仕入や得意を作ることも巧みになった。体を動かすことが、比較的少くなった代りに、多く頭脳《あたま》を使うような傾きもあった。
 けれど、お作は何の役にも立たなかった。気立てが優しいのと、起居《たちい》がしとやかなのと、物質上の欲望が少いのと、ただそれだけがこの女の長所《とりえ》だということが、いよいよ明らかになって来た。新吉が出てしまうと、お作は良人《おっと》にいいつかったことのほか、何の気働きも機転も利かすことが出来なかった
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