を見ると、「ホ……。」と言ったきりで、話をしかけるでもなかった。飯の時、お作はお国の次に坐って、わが家の飯を砂を噛《か》むような思いで食った。
三十二
それでも、嫂のいるうちは、いくらか話が持てた。そうして家が賑《にぎ》やかであった。日の暮れ方になると、嫂は急に気を変えて、これから小石川へもちょっと寄らなければならぬからと言って、暇を告げようとした。お作は、にわかに寂しそうな顔をした。
お作は嫂を台所へ呼び出して、水口の方へ連れて行って、何やら密談《ないしょばなし》をし始めた。
「お国さんは、まったく変ですよ。私何だか厭で厭で、しようがないわ。」と顔を顰《しか》めた。
「真実《ほんとう》に勝手の強そうな、厭な女だね。」と嫂も心《しん》から憎そうに言った。「でも、いつまでもいるわけじゃないでしょう。私でも帰ったら、あの人も帰るでしょう。かまわないから、テキパキきめつけてやるといい。」
「でも、宅《うち》はどういう気なんでしょう。」
「サア、新さんが柔和《おとな》しいからね。」と嫂も曖昧《あいまい》なことを言った。そうして溜息を吐《つ》いた。その顔を見ると、何だか望みが少なそうに見える。「お前さんは、よっぽどしっかりしなくちゃ駄目だよ。」と言っているようにも見えるし、「あの女にゃ、どうせ敵《かな》やしない。」と失望しているようにも見える。
三、四十分、顔を突き合わしていたが、別にどうという話も纏《まと》まらない。いずれその内にはお国が帰るだろうからとか、新さんだってまさか、あの人をどうしようという気でもあるまいから、しばらく辛抱おしなさいとか、そのくらいであった。
お作は嫂の口から、そのことをよく新吉に話してくれということを頼んだ。
「姉さんから、宅《うち》の人の料簡《りょうけん》を訊いて見て下さいよ。」と言った。
「それはお作さんから訊く方がいいわ。私がそれを訊くと、何だか物に角《かど》が立って、かえって拙《まず》かないかね。」
「そうね。」とお作は困ったような顔をする。
台所から出て来た時、お国は店にいた。新吉も店にいた。お作と嫂の茶の室《ま》へ入って来る気勢《けはい》がすると一緒に、お国も茶の室へ入って来た。それを機《きっかけ》に、嫂が、「どうもお邪魔を致しました……。」と暇を告げる。
「オヤ、もうお帰り。マアいいじゃありませんか。」お国は
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