つか見た時よりは肥《ふと》っている。気のせいか蒼脹《あおぶく》れたようにも見える。目の性が悪いと見えて、縁が赭《あか》く、爛《ただ》れ気味《ぎみ》であった。
 母親は長々と挨拶をした。新吉が歳暮の砂糖袋と、年玉の手拭《てぬぐい》とを一緒に断わって出すと、それにも二、三度叮寧にお辞儀をした。
 しばらくすると、嫂《あによめ》も裏から上って来て、これも莫迦叮寧に挨拶した。兄貴はと訊くと、今日は隣村の弟の養家先へ行ったとかで、宅《うち》には男片《おとこぎれ》が見えなかった。

     二十四

 嫂というのも、どこかこの近在の人で、口が一向に無調法な女であった。額の抜け上った姿《なり》も恰好《かっこう》もない、ひょろりとした体勢《からだつき》である。これまでにも二度ばかり見たが、顔の印象が残らなかった。先《さき》もそうであったらしい。今日こそは一ツ、お作の自慢の婿さんの顔をよく見てやろう……といった風でジロジロと見ていた。お作はベッタリ新吉の側へくっついて坐って、相変らずニヤニヤと笑っていた。
「サア、ここは悒鬱《むさくる》しくていけません。お作や、奥へお連れ申して……何はなくとも、春初めだから、お酒を一口……。」
「イヤ、そうもしていられません。」と新吉は頭を掻いた。「留守が誠に不安心でね……。」
「いいじゃありませんか。」お作は自分の実家《さと》だけに、甘えたような、浮《うわ》ずったような調子で言う。
「サア、あちらへいらっしゃいよ。」
 新吉は奥へ通った。お作が母親や嫂に口を利くのを聞いていると、良人の新吉のことを、主人か何かのように言っている。嫂に対してはそれが一層激しい。「あまり御酒《ごしゅ》は召し食《あが》りませんのですから。」とか、「宅《うち》は真実《ほんとう》にせかせかした質《たち》でいらっしゃるんですから……。」とかいう風で……が、嫂の耳には格別それが異様にも響かぬらしい。「ヘエ、さいですか。」と新吉の顔ばかり見ている。新吉はこそばゆいような気がした。
 しばらくすると、お作と二人きりになった。藁灰《わらばい》のフカフカした瀬戸物の火鉢に、炭をカンカン起して、ならんで当っていた。お作はいつの間にか、小紋の羽織に着替えていた。が東京にいた時より、顔がいくらか水々している。水ッぽいような目のうちにも一種の光があった。腹も思ったほど大きくもなかったが、それで
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