コマコマした秘密話などして、しきりに小野の挙動や、金儲けの手段が疑わしいというような口吻《こうふん》を洩《も》らしていた。

     二十

 小野の拘引事件は思ったより面倒であった。拘引された日に警視庁からただちに田舎の裁判所へ送られた。詳しい事情は解らなかったが、田舎のある商人との取引き上、何か約束手形から生じた間違いだということだけが知れた。期限の切れた手形の日附を書き直して利用したとかいうのであった。訴えた方も狡猾《こうかつ》だったが、小野のやり方もずるかった。小野からは内儀さんのところへ二、三度手紙が来た。新吉へもよこした。お国には東京に力となる親戚《しんせき》もないから、万事お世話を願う。青天白日の身になった暁《あかつき》、きっと恩返しをするからという意味の依頼もあった。弁護士を頼むについて、金が欲しいというようなことも言って来た。暮の二十日過ぎに、お国は新吉と相談して、方々借り集めたり、着物を質に入れなどして、少し纏《まと》まった金を送ってやった。
 お国と新吉とはほとんど毎日のように顔を合わすようになった。新吉の方から出向かない日は、大抵お国が表町へやって来る。話はいつでも未決にいる小野のことや、裁判の噂で持ちきっている。もし二年も三年も入れられるようだったら、どうしたものだろうという、相談なども持ちかける。
「いろいろ人に訊《き》いて見ますと、ちょっと重いそうですよ。二年くらいはどうしても入るだろうというんですがね。二年も入っていられたんじゃ、入っている者よりか、残された私がたまらないわ。向うは官費だけれど、こっちはそうは行かない。それにもう指環や櫛《くし》のような、少し目ぼしいものは大概金にして送ってやってしまったし……。」とお国は零《こぼ》しはじめる。
 新吉は、「何、私《あっし》だって小野君の人物は知ってるから、まさかあなた一人くらい日干しにするようなことはしやしない。どうかなるさ。」と言っていたが、これという目論見《もくろみ》も立たなかった。
 押し迫《つま》るにつれて店はだんだん忙《せわ》しくなって来た。門《かど》にはもう軒並み竹が立てられて、ざわざわと風に鳴っていた。殺風景な新開の町にも、年の瀬の波は押し寄せて、逆上《のぼ》せたような新吉の目の色が渝《かわ》っていた。お国はいつの間にか、この二、三日入浸りになっていた。奥のことは一切取
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