『笑談《じやうだん》ぢやない。用があるなら、後で行くから……え。眞實《ほんとう》だ。急ぎなんだから、勘辨しておくんねえ。』
『そんなら私が從《つ》いて行つたつて可《い》いだらう。そして歸《かへり》に引張つて行くから。』
『其樣《そん》なに爲《し》なくたつて、逃げも隱れもしやしねえ。』と松公は何處迄《どこまで》も素直に出て、『眞實《ほんとう》に惡かつたよ。だけど、二三日體が惡くて、店へも出なかつたんだから、爲方《しかた》がねえぢやねえか。』
『嘘をお吐《つ》きでないよ。』
『嘘なもんか。實際だよ。』と松公は獨《ひとり》で笑つて、『第一|己《おれ》は金さんに濟まないと云ふ、其も有るからね。が、孰《どつち》にしても行く。今夜|必然《きつと》行く。』と胡散《うさん》くさい目色《めつき》をして、女を見下《みおろ》す。
『當《あて》になるものか。』と女は鼻で笑つて、『お前さんの口前《くちまへ》の巧いにも惘《あき》れるよ。』
『アレ、彼樣《あん》なことを言つてら。ぢや好《い》いや。然《さ》う思つてるが可《い》いや。』
『莫迦《ばか》にしてるよ。』と女は※[#「弗+色」、第3水準1−90−60]然《
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