ぬ氣の小いお大は、氣が氣でない。が金《かね》は其きり涕汁《はな》も引かけない。處へ松公は段々お大が鼻について、始終氣のない素振を見せる。お大の荒《すさ》み出した感情は益《ますま》す荒《すさ》むばかりだ。
松公は此《この》四五日、姿も見せない。お大は頭腦《あたま》も體も燃えるやうなので、宅《うち》に熟《じつ》としてゐる瀬はなく、毎日ぶら/\と其處《そこ》ら中|彷徨《うろつ》きまはつて、妄濫《むやみやたら》と行逢ふ人に突かゝつて喧嘩を吹《ふつ》かけて居る。
丸山の下の横丁まで來ると、其角《そのかど》を曲る出前持の松公に逢つた。松公は蕎麥《そば》の出前を、ウンと肩の上へ積上げて、片手に傘を翳《さ》して居たが、女の姿を見て見ぬ振《ふり》をして行過ぎやうとする。
『ずるいよお前さんは……。』とお大は叫びながら、轉げさうに寄つて來て、
『此人は眞實《ほんとう》に薄情だよ。』と掴《つか》みかゝりさうにする。
男はヒヨイと立停《たちどま》つて、ニヤ/\笑ひながら、『何をするんだ、危《あぶね》えな。』
『危えも糞もあつたものか。サア此から私の宅《うち》までお出で。來なけや引張つて行つてやるから。』
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