むき》になつて、『お大姐さんを瞞《だま》して見やがれ、唯は置かねえから。』
松公は相渝《あひかは》らずニヤ/\してゐたが、此女の毒口にかゝつては、堪らぬことを知つてゐるので、
『アヽ好《い》いよ、好いつてことよ。だが遲くなつたら、行かないかも知れねえよ。』
『まさか、一時二時まで出前がありやしまいし。加之《それに》此頃は夜が長いよ。』
『眞實《ほんとう》だ。』と松公は呟きながら、通《とほり》を突切つてしまふ。
『畜生《ちきしやう》!』とお大は無上に胸が焦燥《いら/\》して、『莫迦にしてら』と突拍子な聲を出しながら、スタ/\歩出す。
細い路次《ろじ》を通つて、宅《うち》の前まで來ると、表の戸は一昨日《おとゝひ》締めて行つたまゝである。何處をほつき※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐたのか、宛然《まるで》夢中で、自分にも明瞭《はつきり》覺《おぼへ》がない。が、今は淺草に住つてゐる友達と、一昨日《おとゝひ》一日公園をぶら/\遊んで、其晩|其處《そこ》で泊つたことは確である。昨日《きのふ》は一日、芝で古道具屋をしてゐる叔母の處へ行つて、散々《さんざ》ツぱら姉の棚卸《たなおろ》し
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