や、自分の自惚《のろけ》やら愚痴やら並べて、其晩|寄席《よせ》へ連出したことも確である。今日は日比谷の散歩やら、芝居の立見やら、滿《つま》らなく日を暮して、お終《しまひ》に床屋へ入込《はいりこ》んで今まで油を賣つてゐたのであるが、氣がついて見ると、腹はもう噛《かみ》つくやうに減《へ》つてゐる。
 戸をあけて宅《うち》へ入らうとすると、闇の中から、哀《あはれ》な細い啼聲《なきごゑ》を立てゝ、雨にビシヨ/\濡れた飼猫の三毛が連《しきり》に人可懷《ひとなつかし》さうに絡《からま》つて來る。
 お大はハツと思つたが、小煩《こうるさ》くなつて、
『チヨツ煩《うるさ》い畜生《ちきしやう》だね。いくら啼いたつて、もう宅《うち》にや米なんざ一粒だつて有りやしないよ。お前よりか、此方《こつち》が餘程《よつぽど》餒《ひもじ》いや。』と呶鳴《どな》りながら、火鉢と三味線の外、何《なん》にもない上《うへ》へ上つて行く。
 で、手撈《てさぐ》りに、火鉢の抽斗《ひきだし》からマツチを取出すと、手捷《てばしこ》く摺《すり》つけて、一昨日《おとゝひ》投出《ほうりだ》して行つたまゝのランプを、臺所《だいどこ》の口から持
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