が控えて居るんだよ、莫迦野郎《ばかやらう》唯《たゞ》は通しやしないよ。』
 三人のうちで、一番|丈《たけ》の高いお山と云ふ女が偶《ひよい》と振顧《ふりむ》くと、『可厭《いや》だよ。誰かと思つたらお大なんだよ。』と苦笑《にがわらひ》しながら罰《ばつ》が惡いと言ふ體《てい》で顏を見る。
『フン、また芝居だろ。』とお大は赭顏《あからがほ》に血走つたやうな目容《めつき》をして、『好《い》い年をして好い氣だね。』
 お山と云ふのは、もう三十四五の年増《としま》である。お大の姉で、此《これ》も常磐津《ときはづ》のお師匠さんなのだ。亭主が此塲末の不景氣な床屋で、宅《うち》には小供が三人まであるが、其等《それら》は一切人の好《い》い亭主に敲《たゝき》つけておいて、年中近所の放蕩子息《のらむすこ》や、若い浮氣娘と一緒になつて、芝居の總見《そうけん》や、寄席入《よせつぱい》りに、浮々《うか/\》と日を送り、大師詣《だいしまゐり》とか、穴守稻荷《あなもりいなり》とか、乃至《ないし》は淺草の花屋敷とか、團子坂の菊とか云ふと、眞先に飛出して騷※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る。
 一二年前までは、妹の
前へ 次へ
全13ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング