たちもそのつもりでいたが、ずっと後に彼の前身は洋服屋だということを言って聞かせるものもあった。しかし家柄はれっきとしたもので、この老母も桑名あたりの藩士の家に産まれただけに、手蹟《しゅせき》は見事で気性もしっかりしていた。
「松次さんには働いてもらわなくちゃ。病院の方はみんながついているから。」
銀子はそのつもりで、自動車のブロカアの連中と、暑さしのぎに銀座会館の裏から築地河岸《つきじがし》へと舟遊びに出ており、帰りの土産《みやげ》に大黒屋で佃煮《つくだに》を買い、路傍の花売娘から、パラピンにつつんだ花を三束買って、客と別れて帰って来た。そして大通りのガレイジの処《ところ》で、車をおりて仲通りへ入って来ると、以前の朋輩《ほうばい》であり、今は松の家の分け看板として、めきめき売り出して来た松栄とひょっこり出喰《でく》わし、松島の死を知った。
「あら。」
「今病院からお棺で帰って来るところよ。貴女《あなた》を方々捜したんだけど、どこへ行ったんだか、お出先でも知らないというんでしょう。」
「あら、私金扇(鳥料理)からお客と涼みに行ってたのよ。」
そのころ日比谷や池ノ畔《はた》、隅田川《す
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