りして、照れくさそうに父の側へ寄って来た。
「いらっしゃい。」
銀子もざっくばらん[#「ざっくばらん」に傍点]に挨拶《あいさつ》した。彼女は客商売をしたに似合わず、性分としてたらたらお愛相《あいそ》のいえない方であった。好いお嬢さんねとか、綺麗《きれい》ねとか肚《はら》に思っていても口には出せないのだった。
「均一さんは。」
「心配するほどのこともなさそうだよ。」
「ここも一杯よ。一番上等の部屋が一つだけしかなかったんですの。でも皆さん食事は。」
「あすこのホテルではひどいものを食わされて、閉口したよ。昼はこっちで食うつもりで。」
銀子も食堂の開くのを待っていたところなので、ボオイに四人分用意するように頼み、揃《そろ》って食卓に就《つ》いた。食堂の窓からは渚《なぎさ》に沿って走っている鉄道の両側にある人家や木立をすかして、漂渺《ひょうびょう》たる、湖水が見えた。
「大変ですね加世子さん、ずっと付いていらっしゃるんですか。」
銀子はナプキンを拡《ひろ》げながら、差向いの加世子に話しかけた。
「そういうわけでもないんですわ。あの病院は割と陽気ですから、心配ないんですの。いつでも帰ろう
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