とはいえん。しかしみな頭脳《あたま》がよくなって、単に古いものを古いなりに扱っているのではなく、時代の視角で新しい解釈を下そうとしているようだ。己は一切傍観者で、勉強もしないから何も解《わか》りはしないけれど。」
「そういえばお兄さまも少し変わって来たわ。」
「どういうふうに。」
「どうといって説明はできないけれど、何しろ一年の余も大陸の風に吹かれていましたから。」
 ぼつぼつ話しながら、二人は青嵐荘近くまで来ていた。かれこれ十時半であった。
 部屋は一晩寝ただけに、昨日着いた時よりも親しみが出来、均平はここで一ト月も暮らし、自分をよく考えてみるのもよいかも知れぬと思ったが、そういう機会はこれまでにもなかったわけではなく、本当に考える気なら、それが絃歌《げんか》の巷《ちまた》でも少しも差《さ》し閊《つか》えないはずだと思われた。
 しばらくお茶を呑《の》んで休んでから、加世子が頼んだタキシイが来たところで、三人はまた打ち揃《そろ》って山荘を出た。
 上諏訪でおりたのは、十二時過ぎであった。
「どうしましょう、私お腹《なか》がすいたんですの。フジ屋へでもお入りになりません?」
「食事なら
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