ト冬我慢すればいいんでしょうと思います。」
「そうですか。すぐ行ってみようかと、実は思ったけれど、興奮するといけないと思って。」
「何ですか来てほしいようなことを言うんですの。それでお手紙差し上げましたの。」
 聞いてみると、故郁子の姉の子加世子には従兄《いとこ》の画家|隆《たかし》も来ているらしかった。

      四

 雨がぽつりぽつり落ちて来たので、三人は石高な道を急いで宿へ帰って来た。
 ちょうど入笠山《にゅうがさやま》あたりのハイキングから帰って来たらしい、加世子の従兄と登山仲間の友人とが、裏の井戸端《いどばた》で体をふいているところだったが、加世子が見つけて、縁端《えんばな》へ出て言葉を交している工合《ぐあい》が、どうもそうらしいので、均平も何か照れくさい感じでそのまま女中の案内で二階の加世子の部屋へ通った。
 部屋はたっぷりした八畳で、建具ががたがたで畳も汚かったが、見晴らしのいいので助かっていた。床脇《とこわき》の棚《たな》のところに、加世子のスウツケースや風呂敷包《ふろしきづつみ》があり、不断着が衣紋竹《えもんだけ》にかかっており、荒く絵具をなすりつけた小さい絵も
前へ 次へ
全307ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング