て行ったが、寂しいこの町も見慣れるにつれて、人の姿も目について来て、大通りらしい処《ところ》へ出ると、かなりの薬局や太物屋、文房具屋などが、軒を並べていた。
ある八百屋《やおや》の店で、干からびたような水菓子を買っている加世子と女中の姿が、ふと目につき、均平は思わず立ち停《ど》まった。加世子は水色のスウツを着て、赤い雨外套《あまがいとう》を和服の女中の腕に預け、手提《てさげ》だけ腕にかけていたが、この方はしばらく見ないうちに、すっかり背丈《せたけ》が伸び、ぽちゃっとしたところが、均平の体質に似ていた。土間に里芋が畑の黒土ごと投《ほう》り出されてあった。
均平が寄って行くと、加世子がすぐ気づいた。頬《ほお》を心持赤くしていた。
「あら。」
「今帰って来たのか。」
「え、ちょっと療養所へ行って来ましたの。」
「どんな様子かしら。」
加世子はそれについて、いずれ後でというふうで、何とも言わなかった。
「お手紙ありがとう。」
「いいえ。」
紙にくるんだ夏蜜柑《なつみかん》にバナナを、女中が受け取ると、やがて三人で山荘の方へ歩き出した。
「お兄さまそう心配じゃないんですけど……多分この一
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