るのであった。それも銀子に話すと、
「果物《くだもの》は誰方《どなた》も青いうち食べるのが、お好きとみえますね。」
 銀子は笑っていたが、その経験がないとは言えず、厠《かわや》へ入って、独りでそっと憤激の熱い涙を搾《しぼ》り搾りしたものだったが、それには何か自身の心に合点《がてん》の行く理由がなくてはならぬと考え、すべてを親のためというところへ持って行くよりほかなかった。
 しかし銀子の抱えのうちには、それで反抗的になる子もあったが、傍《はた》の目で痛ましく思うほどではなく、それをいやがらない子もあり、まだ仇気《あどけ》ないお酌《しゃく》の時分から、抱え主や出先の姐《ねえ》さんたちに世話も焼かさず、自身で手際《てぎわ》よく問題を処理したお早熟《ませ》もあった。
 猿橋《えんきょう》あたりへ来ると、窓から見える山は雨が降っているらしく、模糊《もこ》として煙霧に裹《つつ》まれていたが、次第にそれが深くなって冷気が肌に迫って来た。その辺でもどうかすると、ひどく戦塵《せんじん》に汚《よご》れ窶《やつ》れた傷病兵の出迎えがあり、乗客の目を傷《いた》ましめたが、均平もこの民族の発展的な戦争を考える
前へ 次へ
全307ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング