の妾《めかけ》であり、棄《す》てられて毒を仰いで死にきれず、蘇生《そせい》して東京へ出て来たものだったが、気分がお座敷にはまらず、金遣《かねづか》いも荒いところから、借金は殖《ふ》える一方であり、苦しまぎれの自棄《やけ》半分に、伊沢にちょっかいを出したものだった。
 さんざんに銀子とやり合った果てに、太々《ふてぶて》しく席を蹴立《けた》てて起《た》ち、段梯子《だんばしご》をおりる途端に裾《すそ》が足に絡み、三段目あたりから転落して、そのまま気絶してしまった。

      十一

 二月の半ば、余寒の風のまだ肌にとげとげしいころ、銀子は姉芸者二人に稲福、小福など四五人と、田所町《たどころちょう》のメリンスの風呂敷問屋《ふろしきどんや》の慰安会にサ―ビスがかりを頼まれ、一日|鶴見《つるみ》の花月園へ行ったことがあった。その時分には病院へ担《かつ》ぎこまれた染福も、酔っていたのがかえって幸いで、思ったほどの怪我《けが》でもなく、二週間ばかりで癒《なお》ったが、家《うち》へ還《かえ》りにくく、半ば近くになっていた前借を踏んで、どことも知らず姿を消してしまい、新橋から住み替えて来た北海道産の梅
前へ 次へ
全307ページ中283ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング