の熱があがり、座敷が頻繁《ひんぱん》になって来るにつれ、ぐっと引っ張って行かれそうな気がしてならなかった。

      八

 藤川の奥二階では、よく花の遊びが初まった。名古屋もののお神も、飯よりもそれが好きだったが、類をもって集まるものに、常磐津《ときわず》の師匠に、その女房の師匠より一つ年上の自前の年増、按摩《あんま》のお神などがあり、藤川のお神は、名古屋で子供まで出来た堅気の嫁入り先を失敗《しくじ》ったのも、多分その道楽が嵩《こう》じてのことかと思われるほどの耽《こ》り性《しょう》で、風邪《かぜ》の気味でふうふう言っている時でも、いざ開帳となると、熱のあるのも忘れて、起き出して来るのであった。
「私が死んだらな、お通夜《つや》にみんなで賭場《とば》を開帳してな、石塔は花札の模様入りにしてもらいまっさかい。」
 お神はそんなことを言っていたものだったが、若林も始終仲間に入れられ、好い鴨《かも》にされていた。銀子はというと、彼女は若林の財布を預かり、三十円五十円と金の出し入れを委《まか》せられ、天丼《てんどん》や鰻丼《うなどん》が来れば、お茶を入れるくらいで、じっと傍《そば》で見物
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