。このごろ妹が病気しているもんですから。」
 とお茶を濁した。

      五

 夏の移り替えになると、春よしのお神は、丸抱えの座敷着に帯、長襦袢《ながじゅばん》といった冬物を、篏《は》め込みになっている三|棹《さお》ばかりの箪笥《たんす》のけんどん[#「けんどん」に傍点]から取りだし、電話で質屋の番頭を呼び寄せ、「みんな下へおりておいで」といって子供たちを遠ざけ、番頭はぱちぱち算盤《そろばん》を弾《はじ》いて、何か取引を開始し、押問答の末、冬物全部が手押車に積まれ、二人の小僧によって搬《はこ》ばれ、夏物と入れ替わりになるのだった。お神は置き場がないので、倉敷料を払って質屋の倉へ預けるのだとか、番頭に頼んで手入れをしてもらうのだとか言っていたが、実は手元の苦しい時の融通であることもだんだん銀子に解《わか》って来た。その時代には、一般世間の経済観念もきわめてルーズであり、貧しいものには貧しいなりの生活の余裕と悦楽があり、行き詰まってもどこかに抜け道があって、宵越《よいご》しの金は腐ってでもいるように言われ、貧乏人の痩《や》せ我慢が市井の美徳としてまだ残っていた。使用人の芸者にも金の観
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