たものだった。
初めて行った晩、銀子は二階へあげられ、二枚|襲《がさね》の友禅|縮緬《ちりめん》の座蒲団《ざぶとん》に坐っているお神の前で、土地の風習や披露目の手順など聞かされたものだが、夜になると、お神は六畳の奥の簿記台を枕《まくら》に、錦紗《きんしゃ》ずくめの厚衾《あつぶすま》に深々と痩《や》せた体を沈め、それに並んで寝床が二つ延べられ、四人の抱えが手足を縮めて寝《やす》むのだったが、次ぎの三畳にも六人分の三つの寝床が敷かれ、下の玄関わきの小間では、奈良《なら》産まれの眇目《めっかち》の婆《ばあ》やと、夏子という養女が背中合せに、一つ蒲団の中に寝るのだった。
ここは出先の区域も広く、披露目も福井楼|界隈《かいわい》の米沢町《よねざわちょう》から浜町、中洲《なかず》が七分で、残り三分が源冶店《げんやだな》界隈の浪花町《なにわちょう》、花屋敷に新屋敷などで、大観音《おおかんのん》の裏通りの元大阪町では、百尺《ひゃくせき》のほかにやっと二三軒あるくらいだった。銀子は晴子《はるこ》で披露目をしたのだったが、丸抱えと言っても七三の契約が多く、彼女もそれで証書が作成されたので、三味線《しゃ
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