り席が乱れるころになって、栗栖が呼ぶので傍《そば》へ行くと、彼は盃《さかずき》を干し、
「しばらくだったね。」
 と言って銀子に差すのを、銀子は銚子《ちょうし》を取りあげて酌をした。
「君がこんなところへ来ていようとは思わなかったよ。」
「私もくウさんがこんな処《ところ》へ来ようとは思わなかったわ。」
「いつ来たんだい。」
「この正月よ。」
 窶《やつ》れていた千葉時代から見ると、銀子も肉がつき大人《おとな》になっていた。
 お安くないなかと知って、みんながわいわい囃すので、銀子も銀行家の座敷へ逃げて来たが、広間で呼ぶ声がしきりに聞こえ、女中も呼ぶので再び出て行き、陽気に三味線《しゃみせん》などひいてわざと躁《はしゃ》いだ。
 それから一度栗栖らしい口がかかって来たが、倉持の座敷へ出ていたので逢えず、病院へ入ってから、どこで聞きつけたか、見舞に来てくれたが、銀子も今はかえって世間が憚《はばか》られ、わざとよそよそしくしていた。
「ここへ入院するくらいなら、なぜ僕にそう言わなかったんだ。」
 栗栖は云《い》っていた。
 銀子の病室は、交《かわ》りばんこに罐詰の水菓子や、ケ―キの折などもっ
前へ 次へ
全307ページ中207ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング