れば腕が凄くなるのか、想像もつかなかった。
抱えの大半が東京産まれだったが、そのころは世界戦後の好況がまだ後を引き、四時が鳴ると芸者は全部出払い、入れば入ったきり一つ座敷で後口もなく、十二時にもなると揃《そろ》って引き揚げ、月に一度もあるかなしの泊りは、町はずれの遊廓《ゆうかく》へしけ込む時に限るのだった。
翌日の午後マダムは寝台車で病院へ運ばれ、お気に入りの銀子もついて行ったのだったが、病室に落ち着いてからも、忙《せわ》しい呼吸をするたびに、大きい鼻の穴が一層大きく拡《ひろ》がり、苦しそうであった。その日も銀子は、一昨日《おととい》の晩のことが夢のように頭脳《あたま》に残り、親爺《おやじ》と顔を合わすのがいやでならなかったが、彼は何とか言っては側へ呼びつけたがり、銀子が反抗すると刃物を持ち出して、飼犬に投げつけたり、抱えたちの床を敷くと、下座敷は一杯で、銀子は一人の仕込みと二階に寝かされることになっていたが、ひどく酔って帰って来る晩もあって、ふと夜更《よふ》けに目がさめてみて、また失敗《しま》ったと後悔もし、憤りの涙も滾《こぼ》れるのだった。
しばらくすると、銀子のむっちりした
前へ
次へ
全307ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング