み食いをした時代もあり、映画の帰りに銀子に誘われて入口に見本の出ているような食堂へ入るのを、そう不愉快にも感じなくなっていた。かえって大衆の匂いをかぐことに興味をすら覚えるのであった。それは一つは養家へ対する反感から来ているのでもあり、自身の生活の破綻《はたん》を諦《あきら》め忘れようとする意気地《いくじ》なさの意地とでも言うべきものであった。
 しかし今は長いあいだ恵まれなかった銀子の生活にも少しは余裕が出来、いくらかほっとするような日々を送ることができるので、いつとはなし均平を誘っての映画館の帰りにも、いくらかの贅沢《ぜいたく》が許されるようになり、喰《く》いしん坊の彼の時々の食慾を充《み》たすことくらいはできるのであった。もちろん食通というほど料理の趣味に耽《ふけ》るような柄でもなかったが、均平自身は経済的にもなるべく合理的な選択はする方であった。戦争も足かけ五年つづき物資も無くなっているには違いないが、生活のどの部面でも公定価格にまですべての粗悪な品物が吊りあげられ、商品に信用のおけない時代であり、景気のいいに委《まか》せて、無責任をする店も少なくないように思われたが、一方購買
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