たものだった。
 初めて行った晩、銀子は二階へあげられ、二枚|襲《がさね》の友禅|縮緬《ちりめん》の座蒲団《ざぶとん》に坐っているお神の前で、土地の風習や披露目の手順など聞かされたものだが、夜になると、お神は六畳の奥の簿記台を枕《まくら》に、錦紗《きんしゃ》ずくめの厚衾《あつぶすま》に深々と痩《や》せた体を沈め、それに並んで寝床が二つ延べられ、四人の抱えが手足を縮めて寝《やす》むのだったが、次ぎの三畳にも六人分の三つの寝床が敷かれ、下の玄関わきの小間では、奈良《なら》産まれの眇目《めっかち》の婆《ばあ》やと、夏子という養女が背中合せに、一つ蒲団の中に寝るのだった。
 ここは出先の区域も広く、披露目も福井楼|界隈《かいわい》の米沢町《よねざわちょう》から浜町、中洲《なかず》が七分で、残り三分が源冶店《げんやだな》界隈の浪花町《なにわちょう》、花屋敷に新屋敷などで、大観音《おおかんのん》の裏通りの元大阪町では、百尺《ひゃくせき》のほかにやっと二三軒あるくらいだった。銀子は晴子《はるこ》で披露目をしたのだったが、丸抱えと言っても七三の契約が多く、彼女もそれで証書が作成されたので、三味線《しゃみせん》と、座敷の労働服である長襦袢《ながじゅばん》、それに着替えと不断着は全部自分もちで、分《ぶ》は悪く、その三分の取り分も、大抵の主人が計算を曖昧《あいまい》に附しがちなので、結局取り分がないのと同じであり、手元が苦しいので、三円五円と時々の小遣《こづかい》を借りなければならず、それが積もって百円になると、三円ずつの利息づきで、あらためて借用証書に判をつかされたりするのであった。この土地では、影は最初は五十円から百円くらいまであり、それが主人の手へ全部入るのであり、十人の抱えがあるとすれば、通しは大抵その三分の一の割だが、影は通しの場合とのみは限らず、一人あて百座敷のうち三十の座敷が影だとすれば、一座敷五十円としても、一人あて千五百円の金が主人の懐《ふところ》に落ちるわけだった。玉《ぎょく》がそのほかであるのは言うまでもなかった。
 披露目の時、銀子について歩いたのは古顔の春次で、この女もその時分はすでに二十六七の中年増《ちゅうどしま》であり、東京は到《いた》る処《ところ》の花柳界を渉《わた》りあるき、信州へまで行ってみて、この世界はどこも同じだと解《わか》り、ある特志な養蚕家に救われてようやく東京へ帰り、春よしの開業とともに、一人の母親と弟を見るために、そこから出ることになったものだったが、銀子はすでにI―町で顔が合っており、商売上のことについて、何かと言い聞かされもした。
 お神は披露目に出るに先だち、銀子に茄子《なす》を刻んだ翡翠《ひすい》の時計の下げ物を貸してくれたのだったが、銀子はそっちこっち車を降りたり乗ったりして、出先を廻っているうちに、どこで落としたか亡くしてしまい、多分それが相当高価の代物《しろもの》であったらしく、お神はいつもそれを言い出しては銀子の粗匆《そそう》を咎《とが》めるのだった。しかし春次に言わせると、お神の勘定高いにはほとほと呆《あき》れることばかりで、銀子を見に行った時も、春次はお神に誘われ、松島見物でもするつもりで出かけたのだったが、帰って来ると、往復の汽車賃や弁当代までを割勘にし、毛抜きで抜くように取り立てられたのであった。
「それもいいけれどさ、一人じゃ汽車の長旅は退屈だから、ぜひ一緒に行ってくれと言っておきながら、一日分の遠出の玉まで取ったのには、私もつくづく感心してしまったよ。」

      三

 しかしこの芸者屋の経済も、収入の面ばかり見ていると、芳村民子も、一代にして数十万の資産を作るはずだが、事実はそう簡単には行かず、金主に搾《しぼ》られる高い金利は、商売の常として仕方がなく、何かと理窟《りくつ》に合わぬ散り銭の嵩《かさ》むのも、こうした水商売に付きものの見栄《みえ》やお義理の代償として、それをあらかじめ勘定に入れるとしても、芸者に寝込まれたり、前借を踏み倒されたりすることは、何といっても大きな損害であり、頭脳《あたま》の利くある一人が率先して足をぬき、女給に転身してカフエに潜《もぐ》るか、サラリ―マン向きの二号でアパ―トに納まりでもすると、態形の一角はすでに崩れて全体が動揺し、資本の薄いものはたちどころに息づまってしまうのだった。
 春よしでは、神田《かんだ》で腕の好い左官屋の娘である春次より年嵩《としかさ》の、上野の坊さんの娘だという福太郎を頭として、十人余りの抱えがおり、房州|船形《ふなかた》の団扇《うちわ》製造元の娘だという、美形の小稲に、近頃|烏森《からすもり》から住み替えて来た、仇《あだ》っぽいところでよく売れる癲癇《てんかん》もちの稲次、お神が北海道時代に貰《もら》って芸者屋
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