に預けておいた養女の梅福、相撲《すもう》の娘で小粒できりりとしたお酌《しゃく》の小福、中ごろ樺太から逃げだして来た、これもお神が豊原で貰って花屋に預けておいた養女の五十奴《いそやっこ》、新橋から移って来た、品が好いので座敷の光る梅千代など、お神が弁天さまの砂糖漬《さとうづけ》がお好きといわれるほどの面喰《めんく》いであったところから、金に糸目をつけず、綺麗首《きれいくび》を揃《そろ》えたのだったが、その中で契約の年期一杯に勤めたものといっては、売れ残りの年増ばかりで、少し目星《めぼ》しい妓《こ》は、あるいは引かされ、あるいは住替えはいいとして、癲癇もちはお神も後難を恐れて、うんと負けて信州へ住替えさせ、その代りに仕入れた樺太産まれの染福は、自称女子大出の、少し思想かぶれがしていたところから、ある夜|自暴酒《やけざけ》に酔って、銀子の晴子と客のことで大喧嘩《おおげんか》となり、浜町の出先の三階から落ちて打撲傷で気絶してしまい、病院へ担《かつ》ぎこまれて唸《うな》っていたと思うと、千七八百円の前借を踏み倒して、そこから姿を消してしまい、相撲の娘は売れないので居辛《いづら》くなり、いつとなし足をぬいて、前借は据置《すえおき》のままに大増《だいます》の女中に住みこむなど、激しい気象のお神にも、拒《ふせ》ぐに手のない破綻《はたん》は仕方がなかった。
 銀子に兜町《かぶとちょう》の若い旦那《だんな》の客がついたのは、土の見えないこの辺にも、咽喉《のど》自慢の苗売りの呼び声が聞こえる時分で、かねがねお神の民子から話があったと見え、贔屓《ひいき》に呼んでくれる藤川《ふじかわ》という出先のお神の見立てで、つけてくれたのであった。やっと二十五になったばかりの、桑名の出であるこの株屋が、亡くなった父の商売を受け継いでから、まだ間もないころで、銀子は三度ばかり呼ばれ、そのころの彼女の好みとしては、ちょぼ髯《ひげ》を生やして眼鏡をかけ、洋服姿のスマートな、あの栗栖の幻影が基本的なものだったので、歯切れのわるい上方弁の、色の生白い商人型のこの男は、どっちかというとしっくりしない感じであり、趣味に合ったとは言えないのだったが、ぽちゃりとした顔や躯《からだ》の皮膚も美しく、子供々々した目鼻立ちも感じが悪くなく、何か若草のような柔らかい心の持主で、いつ険しい顔をして怒るということもなかった。
 藤川の女将《おかみ》は、年のころ五十ばかりで、名古屋の料亭《りょうてい》の娘といわれ、お茶の嗜《たしな》みもあるだけに、挙動は嫻《しと》やかで、思いやりも深そうな人柄な女であった。彼女の指には大粒の黒ダイヤが凄《すご》く光っていて、若い妓《こ》が値段を聞きたがると、
「これかい。安いのさ。五千円で買ったんだよ。」
 と彼女は事もなげに言うのだった。
 この若い株屋を銀子につける時、
「お前《ま》はんも何かないと、お困りだろうからね、若《わー》さんなら、堅くてさっぱりしていて、世話の焼けない方だから、よかろうと思ってね。」
 とお神は言うのだったが、若造の若林もお前はんお前はんで子供扱いであり、いつもあまり興味のなさそうな顔で、酒も酔うほどに呑《の》まず、話がはずむということもなく、店を仕舞ったころに、ふらりとやって来たかと思うと、株の話などをして、お神に言われておひけになったかならぬに、もう風呂《ふろ》へ飛びこみ、部屋へ帰って出花でも呑むと、すぐ帰るのであった。もちろん家には最近迎えたばかりの新妻《にいづま》はあり、夫婦生活の味もまだ身に染《し》む間もないころのことだったが、銀子にも嫉妬《しっと》に似た感情の芽出しはありながら、それを引きとめる手もなく、双方物足りぬ感じで別れるのだった。
「お前はんもあまり情がなさすぎるやないか。それじゃこの子も愛情が出にくかろうから、少しゆっくりしていたらどうだろうね。」
 お神は気を揉《も》み、取持ち顔に言うのであった。

      四

 藤川の女将の斡旋《あっせん》で若林の話がきまった晩、彼は別れぎわに小遣を三十円ばかり銀子に渡し、あまり無駄使いしないようにと言って帰ったのだったが、その晩は銀子も家《うち》の侘《わび》しいお膳《ぜん》で、お茶漬《ちゃづけ》で夜食をすまし、翌朝割引電車で、錦糸堀《きんしぼり》の家へ帰ると、昨夜もらった手付かずの三十円をそっくり母親に渡した。
 父も母も宵寝《よいね》の早起きだったのて、台所ではもう焚《た》きたての飯の匂いがしており、七輪にかかった鍋《なべ》の蓋《ふた》の隙間《すきま》から、懐かしい味噌汁《みそしる》の甘い煙も噴《ふ》き出していた。
 どこでもそうだが、今の主人も、表の派手な人に引き換え、内に詰めるだけ詰める方で、夜座敷から帰って来ても、夜食に大抵|古沢庵《ふるたくあん》の二|片《
前へ 次へ
全77ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング