。
そのころになると、春よしのお神にも慾が出て来て、もう少し養生したら、気分のよい時、いずれ梅村さんも近いことだから、遊びに来てはどうかと言うのだったが、引き裂いた証書は実は写しで、本物は担保に取った大場の手元にあるのはとにかくとして、その言い分にも理窟《りくつ》がないわけでもなく、あの病気のひどい絶頂に、夜昼をわかず使った氷代だけでも、生やさしい金ではなかった。
「かかったものを全部証書にとは言いません。気の向く時ぼつぼつお座敷へ出てもらえば、結構なんですがね。」
十五
そのころ、春よしのお神が、裏木戸の瀬川さんと呼んでいる芝居ものの男が、ちょいちょい春よしへ現われ、場所を取ってくれたり、切符をもって来てくれたりした。裏木戸と言っても、瀬川はもとより俳優の下足を扱う口番でもなく、無論頭取部屋に頑張《がんば》っている頭取の一人でもなかったが、香盤《こうばん》の札くらいは扱っており、役者に顔が利いていた。お神が切れるところから、彼は来るたびに何かおつな手土産《てみやげ》をぶら下げ、時には役者の描《か》き棄《す》てた小幅《しょうふく》などをもって来て、お神を悦に入らせるのに如才がなかった。
「こちらは何と言っても玉|揃《ぞろ》いで、皆さんお綺麗《きれい》でいらっしゃいますよ。」
彼はそんなお世辞を言い、
「そのうち私も一つどこかでお呼びしますから、皆さんお揃いでいらして下さい。」
と言うので、お神も反《そ》らさず、
「どうぞぜひ、ほかはどうか分かりませんが、このごろ家《うち》は閑《ひま》で困るんですよ。」
そのころ大阪ですばらしい人気を呼んだ大衆劇の沢正《さわしょう》が、東京の劇壇へ乗り出し、断然劇壇を風靡《ふうび》していたが、一つは水際《みずぎわ》だった早斬《はやぎ》りの離れ業《わざ》が、今までのちゃんばらに一新紀元を劃《かく》したからでもあり、机|龍之介《りゅうのすけ》や月形半平太が、ことにも観衆の溜飲《りゅういん》を下げていた。
後から考えれば、すべては諜《しめ》し合わされた狂言の段取りであったようにも思えるのだったが、その時には銀子もぼんやりしていて、格別芝居好きでもないので、進んで見ようとも思わなかったが、沢正の人気は花柳界にも目ざましいので、ある日お神が瀬川に電話をかけて、場所を取ってもらうようにというので、銀子はその通りにして、
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