っと呼ばれて、三味線《しゃみせん》を弾《ひ》くのだった。
この男が来ていると、銀子は口がかかっても座敷へ行くのがひどく億劫《おっくう》であったり、座敷にいても今夜あたり来ていそうな気がして、落ち着かなかったりするのだったが、三四人輪を作ってトランプ遊びをしている時でも、伊沢と膝《ひざ》を並べて坐りでもすると、何となしぽっとした逆上気味《のぼせぎみ》になり、自分の気持を婉曲《えんきょく》に表現することもできず、品よく凭《もた》れかかる術《すべ》も知らないだけに、一層|牴牾《もどか》しさを感ずるのだった。
「晴《はア》さん、貴女《あんた》伊ーさんに岡惚《おかぼ》れしてるんだろう。」
春次は銀子と風呂《ふろ》からの帰り路《みち》、蜜豆《みつまめ》をおごりながら言うのだった。
「あら姐《ねえ》さん……。」
銀子は思わずぽっとなった。
「判ってますよ。――だっていいじゃないか。若《わ》ーさんはあんなお人よしで独りでよがっているんだし、たまに逢《あ》うくらい何でもありゃしない。」
春次は唆《そそ》のかした。
「待っといで、私がそのうち巧く首尾してあげるから。傍《そば》で見ていても、じれったくって仕様がない。」
春次は独りで呑《の》み込み、もう暮気分のある日の午後のことだったが、銀子は中洲《なかず》の待合から口がかかり、車で行ってみると、大川の見える二階座敷で、春次と伊沢がほんの摘《つま》み物くらいで呑んでいた。水のうえには荷物船やぽっぽ蒸汽が忙しそうに往来し、そこにも暮らしい感じがあった。伊井や河合《かわい》の根城だった真砂座《まさござ》は、もう無くなっていた。
銀子は来たこともない家《うち》であり、こんな処《ところ》でも伊沢は隠れて遊ぶのかと思い、ちょっと妙な気もしたが、春次と二人きりでいるのも可笑《おか》しいと思い、この間の梅園での話が、そう急に実現するものとは想像もしていなかった。
「いらっしゃい。」
伊沢はあらたまった口を利き、寒いから一つと言って猪口《ちょく》を差すので、銀子も素直に受け、一つ干して返した。
「今、何かあったかいものが来るから、晴さんゆっくりしていらっしゃいね。」
春次は、わざわざ一つ二つ春よしの抱えの噂《うわさ》などをしてから、そんなことを言って、席をはずしたので、銀子は伊沢と二人きりになり、座敷にぎごちなさを感じたが、伊沢も同様であ
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