ても、そうなります。いやだわそんなの。」
「僕を信用しないのかな。」
倉持は頭を掻《か》き、話はそれぎりになった。
世間見ずの銀子もお神がそれとなく暗示する通り、身分の不釣合《ふつりあい》ということを考えないわけではなかったが、彼女たちの育って来た環境が、産まれながらに、複雑な階級の差別感を植えつける余裕も機縁もなく、大して僻《ひが》んだり羨《うらや》んだりもしない代りに、卑下もしないのだった。俄成金《にわかなりきん》は時に方図もない札びらを切り、千金のダイヤも硝子玉《ガラスだま》ほどにも光を放たないのであった。
しかし銀子は千々《ちぢ》に思い惑い、ある時ぽつぽつした彼女一流の丸っこい字で、母へ手紙を書き、この結婚|談《ばなし》の成行きを占ってもらうことにした。もちろん銀子は小野の総領娘で、よそへ片附き籍を移すには、法律の手続を執らなければならず、父の同意も得なければならなかった。彼女はこの土地へ来てから、月々二三十円ずつ仕送りをしており、それを倉持に話すと、
「そうきちきち毎月送らん方がいいよ。お父さんまだ働けん年でもないんだろう。君を当てにしないように、たまにはすっぽかすのもいいじゃないか。ここへ来る時、前借金を全部資本にやったんだもの、君の義務は十分果たしているわけだ。」
そう言われて、銀子もその気になり、組んだ為替《かわせ》をそのまま留保し、次ぎの月もずる[#「ずる」に傍点]をきめていたのだったが、母の返辞が来てみると、金の催促もあった。占いは、大変好い話で、当人は十分その気になっているけれど、この縁談には邪魔が入り、破れるというのであった。
銀子は気持が暗くなり、高いところから突き落とされたような感じだったが、占いを全く信ずる気にもなれなかった。
八
八月の中旬《なかば》に倉持が神経痛が持病の母について、遠い青森の温泉へ行っている間に、銀子もちょっと小手術を受けるために、産婦人科へ入院した。
銀子は二月ほど前に、千葉で結婚をし損《そこ》なった栗栖が、この土地の病院の産婦人科の主任となって赴任したことを知っていたが、わざと寿々廼家のかかりつけの、個人経営の医院で手術を受けることにした。
彼女が栗栖に逢《あ》ったのは、山手にあるある料亭《りょうてい》の宴会にお約束を受けた時で、同じ料亭の別の座敷も受けていて、その方がお馴染《なじ
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