、いつもそれでは済まず、木槿《もくげ》の咲いている生垣《いけがき》を乗りこえ、庭へおりて縁の板戸を叩くこともあった。
「お前がそれほどいやなものなら、お母さんも無理に我慢しろとは言わない、きっぱり話をつけたらいいじゃないか。」
ある晩も座敷から酔って帰った銀子が寝てから、磯貝が割れるほど戸を叩き、母が聞きかね飛び出して来て、銀子に戸を開けさせ上にあげたが、白々明けるころまでごたごたしていたので、彼女は磯貝の帰るのを待って、銀子に言うのだった。銀子は目を泣き腫《は》らしていた。
「だから私きっぱり断わったのよ。こんな処《ところ》にいるもんかと思ったから。そしたら、あの男も今まで拵《こしら》えてやったものは、みんな返せと言っていたわ。」
「ああ、みんな返すがいいとも。そんなものに未練残して、不具《かたわ》にでもされたんじゃ、取返しがつかない。」
気の早い銀子の父親が、話がきまるとすぐ東京へ飛び出して行き、向島の請地《うけじ》にまだ壁も乾かない新建ちの棟割《むねわり》を見つけて契約し、その日のうちに荷造りをしてトラックで運び出してしまい、千葉を引き払った銀子たちがそこへ落ち着いたのは、夜の八時ごろであった。あの町には、あれほど愛し合った栗栖もいるので、立ち去る時、何となし哀愁も残るのだったが、銀子は後を振り返って見ようともしなかった。
足を洗った銀子に、一年半ばかり忘れていた靴の仕事が当てがわれ、彼女は紅や白粉《おしろい》を剥《は》がし、撥《ばち》をもった手に再び革剥《かわそ》ぎ庖丁《ぼうちょう》が取りあげられた。父はそっちこっちのお店《たな》を触れまわり、註文《ちゅうもん》を取る交渉をして歩いた。
「馬鹿は死ななきゃ癒《なお》らない。」
銀子はその言葉に思い当たり、なまじい美しい着物なんか着て、男の機嫌《きげん》を取っているよりも、これがやはり自分の性に合った仕事なのかと、生まれかわった気持で仕事に取りかかり、自堕落に過ごした日の償いをしようと、一心に働いた。彼女の造るのは靴の甲の方で、女の手に及ばない底づけは父の分担であり、この奇妙な父子《おやこ》の職人は、励まし合って仕事にいそしむのだった。
その時になっても、父親の持病は綺麗《きれい》さっぱりとは行かず、二日仕事場にすわると、三日も休むというふうで、小山で働いていた妹たちも健康を害《そこ》ねて家で休んでお
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