るものは、少し頭を下げて行きさえすれば、金はいくらでも融通してくれる人もあり、その中には出先の女中で、小金を溜《た》めているものもあり、このなかで金を廻して、安くない利子で腹を肥やしているものもあったが、ともすると弱いものいじめもしかねないことも知っているので、たといどんな屋台骨でも、人に縋《すが》りたくはなかった。ともかく当分自前で稼《かせ》ぐことにして路次に一軒を借り、お袋や妹に手伝ってもらって、披露目《ひろめ》をした。案じるほどのこともなく、みんなが声援してくれた。
「ああ、その方がいいよ。」
見番の役員もそう言って悦《よろこ》んでくれ、銀子も気乗りがした。
「大体あんたは安本《やすもと》を出て、家をもった時に始めるべきだった。多分始める下工作だろうと思っていたら、いつの間にかあすこを引き払ってアパートへ移ったというから、つまらないことをしたものだと思っていたよ。」
その役員がいうと、また一人が、
「それもいいが、子供のある処へ入って行くなんて手はないよ。第一三村さんは屋敷まで担保に入っているていうじゃないか。」
銀子は好い気持もしなかったが、息詰まるような一年を振りかえると、悪い夢に襲われていたとしか思えず、二三年前に崩壊した四年間の無駄な結婚生活の失敗にも懲りず、とかく結婚が常住不断の夢であったために、同じことを繰り返した自分が、よほど莫迦《ばか》なのかしら、と思った。
「子供さんならいいと思っていたんだけれど、やはりむずかしいものなのね。」
別にそう商売人じみたところもないので、銀子は加世子には懐《なつ》かれもしたが、それがかえって傍《はた》の目に若い娘を冒涜《ぼうとく》するように見えるらしかった。均平の亡くなった妻の姉が、誰よりも銀子に苦手であり、それが様子見に来ると、女中の態度まてががらり変わるのもやりきれないことであった。
しかし均平との関係はそれきりにはならず、商売を始めてから、その報告の気持もあって、ある日忘れて来た袱紗《ふくさ》だとか、晴雨兼用の傘《かさ》などを取りに行くと、均平はちょうど、風邪《かぜ》の気味で臥《ふ》せっていたが、身辺が何だか寂しそうで、顎髭《あごひげ》がのび目も落ち窪《くぼ》んで、哀れに見えた。均平から見ると、宿酔《ふつかよ》いでもあるか、銀子の顔色もよくなかった。
「それはよかった。何かいい相手が見つかるだろう
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