とうげ》を越え、ようやく上州路へ辿《たど》りつくのだったが、時には暗夜に樵夫《きこり》の野宿しているのに出逢《であ》い、年少の彼女は胸を戦《わなな》かせた。案内者は味噌《みそ》の入った握飯を、行く先々で用意し、餓《う》えを凌《しの》ぐのだったが、そこまで来るともう安心で、前橋へ入って来たところで、彼は各自の希望を訊《き》き、ここに留《とど》まるものは、この町の桂庵《けいあん》に引き渡し、東京を希望のものは、また上野まで連れて行くことになっていた。
銀子の母は、手堅い家で給銀の出る処《ところ》という希望だったので、一軒の真綿屋へ落ち着くことになり、やっとほっとした。気強く生まれついていたので、なまじい互いに知り合った村で、惨《みじ》めな姿を見られているよりも、見ず知らずの他国の方がずっと自由であり、初めて働き効《がい》のあるような気がするのであった。
真綿は繭《まゆ》を曹達《ソーダ》でくたくた煮て緒《いとぐち》を撈《さぐ》り、水に晒《さら》して蛹《さなぎ》を取り棄《す》てたものを、板に熨《の》して拡《ひろ》げるのだったが、彼女は唄《うた》一つ歌わず青春の甘い夢もなく、脇目《わきめ》もふらず働いているうちに、野山に幾度かの春が来たり秋がおとずれて、やがて二十三にもなった。彼女の肉体は熟《みの》り、真白の皮膚は硬《かた》く張り切り、ぽったりした頬《ほお》は林檎《りんご》のように紅《あか》かった。
銀子の父親はちょうどその時分、やくざの世渡りを清算し、同じやくざ仲間で、いくらか目先の見える男が、東京で製靴《せいか》の仕事で、時代の新しい生活を切り開き、露助《ろすけ》向けの靴の輸出を盛大にやっていたのを手寄《たよ》り、そこでその仕事をおぼえ、田舎《いなか》へ帰って小さな店をもっていた。同じ真綿工場の持主であった彼の嫂《あによめ》は、不断銀子の母親の働きぶりを見ていたので、その眼鏡に※[#「※」は「りっしんべん+「篋」から「竹」を除いた形」、第3水準1−84−56、377−上14]《かな》い、彼を落ち着かせるために、彼女を娶《めあわ》せた。
しかしこの結婚も甘美とは行かず、半年もたたぬうちに彼の前生活について、そっちこちで悪い噂《うわさ》が耳に入り、そのうち放浪時代から付き絡《まと》っていた、茨城《いばらき》生まれの情婦が現われたりして、彼女が十年働いて溜《た》めた貯金
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