と飛込んじゃった。残念でならんがだ。」爺さんは調子に乗って来ると、時々お国訛りが出た。
「そこへ上官が二人通りあわせて、乗棄ててある馬を見るとえ――、たしかに秋山大尉の馬だ。どうも変だというので、百姓に聞いて見るてえと、もう少し前《さき》に、士官が一人鉄橋を渡って行くのを見かけたという話だ。帰って来さっしゃらねえところを見ると、どうも可怪いと云う。さア大変秋山を殺すなという騒ぎになって、××じゃ将校連が集って、急いで人名簿を調べる。そうして水練の上手な兵士を三十人選抜して、秋山大尉を捜させようと云うんだ。その人選のなかへ、私のとこの忰も入ったのさね。」
 吉兵衛さんの顔が、紅く火照《ほて》って来た。そして口にする間もない煙管《きせる》を持ったまま、火鉢の前に立膝をしていた。鼻の下にすくすく生えた短い胡麻塩髭や、泡のたまった口が汚らしく見えた。
「忰は水練じゃ、褒状を貰ってましたからね。何でも三月からなくちゃ卒業の出来ねえところを、宅の忰はたった二週間で立派にやっちまった。それで免状をもらって、連隊へ帰って来ると、連隊の方でも不思議に思って、そんな箆《べら》棒な話がある訳のもんじゃねえ、
前へ 次へ
全16ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング