して試験はそれきりであつた。去年は東京でK大学だけ受けることになつてゐたが、前日の夜おそくから、扁桃腺《へんたうせん》の腫《は》れ出したのに気づいて、手当をしたけれど、矢張駄目だつた。彼は母と友人に送られて、頭に氷嚢《ひようなう》をつけて入場したのであつたが、第一の課目を終へて出て来たときには、顔は真蒼《まつさを》になつてゐた。そして近所の医者の手当を受けて自動車で帰つて来た。扁桃腺は化膿《くわのう》しはじめてゐた。日に/\それが咽喉《のど》一杯に腫《は》れ塞《ふさ》がつて行つた。声を出すのが困難であつた。呑んだ牛乳が鼻腔《びこう》からだらだら流れ出した。入院して手術を受けたところで、漸《やつ》とその苦しみから脱れることが出来た。
学校へ通ふことなしに、二年の月日をぶら/\してゐることは、文学や音楽に相当な目の開きかゝつた芳太郎に取つては、危険が伴はずにはゐられなかつた。怯気《おぢけ》のついた彼に取つては試験勉強ほど気分を憂欝にするものはなかつた。現代の試験その物、教育その物に幾分、疑ひを抱《いだ》かずにはゐられなかつた。そして其の間それを傍観してゐる磯村の堪《た》へ忍ばねばならなか
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