た。それとも健康を恢復《くわいふく》するためには、どこか静かな山の温泉が好いかとも思つてゐた。彼は毎日毎日こま/\した急ぎの仕事に追はれづめであつた。一日としてペンを手にしない日はなかつた。旅行をするためには、仕事の余裕《ゆとり》をつけることが必要であつたけれど、それも当分望めさうもなかつた。彼は体を虐《しひた》げてゐることを考へるだけでも、恐ろしいやうな気がしてゐた。
磯村は、展《ひろ》げられた原稿紙に向ひさうにしては、また煙草を手に取りあげてゐた。
「いや、それよりも芳太郎の試験は何うなつたらう。」磯村はいつか又その方へ気を取られはじめてゐた。
大概大丈夫らしかつた。出来ばえを調べて見たところでは、これならば先づ安心だと思はれた。しかし結果はまだ判らなかつた。
「若し今度駄目だとしたら。」
磯村は自分の失望よりも、子供の悩みを考へないではゐられなかつた。芳太郎は咽喉《のど》の病気のために、二年間試験を受けることができなかつた。一度は地方で、一度は東京で……。地方では、彼は感冒にかゝつて、当日の朝から発熱したが、押して俥《くるま》で出て行つた。その午後から熱が四十度に昇つた。そ
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング