で磯村の膝へもたれかゝるやうにしたりしたけれど、もう三十年《さんじふ》を越した彼女としては、前途の不安を感じないではゐられなかつた。
「小遣をおいて行かう。」磯村は言つた。
「いゝですよ。そんな積りぢやないんですわ。私まだお金はありますから。」彼女は言つた。
 勿論さうでもないことが、その後磯村にわかつて来たとほり、彼女は田舎に縁談があるので、そこへ行くについて、少しばかり金のいることを、三度目に逢つたとき、その相談を受けてそれを賛成した磯村に打明けた。
 田舎へ行つたときには、彼女はもう妊娠してゐた。磯村は彼女の大胆さ、といふよりも、恥知らずに呆《あき》れたけれど、何うしようと云ふ気も起らなかつた。そして磯村の酬《むく》いが皮肉に彼に絡《まつは》つて来たのであつた。
 お産の前後、磯村は二三度、自身彼女に金を届けたり、為替《かはせ》を組んだりした。それは磯村に取つては可也《かなり》骨の折れる仕事であつた。そして子供の顔を見た彼女の慾望が、段々大きくなつて行つた。磯村の要求がいつも裏切られた。勿論それは彼女だけの智慧《ちゑ》ではなかつた。

 磯村は彼女がまたのこ/\遣つて来たと聞いて
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