保護を受けてゐたけれど、財界の恐慌でその関係は絶たなければならなかつた。で、すつかり行詰つてゐたところで、磯村に呼出しをかけることを思ひついた。
「ちよつと貴方《あなた》のお名前を見たものですから、一度お目にかゝりたいと思つて、手紙を差上げましたの。でも、多分来ては下さるまいと思つてゐましたのに。」彼女は若い時分とはまるで違つた、べちやつくやうな調子で言ふのであつた。
 飲食事《のみくひごと》をしながら、磯村は出来るだけ、彼女から話を引出さうと焦慮《あせ》つた結果、少しづつ小出しにそれを引出させることはできたけれど、それは真《ほん》の現在の身のうへくらゐのことであつた。
「私はどうしてかう亭主運が悪いんでせう。この子の父親とも暫く一緒に暮したんですけれど……今|憶《おも》ふと、それが私の一番幸福な時でした。」
 彼女はその男の写真なぞ出して見せた。それは大礼服を着飾つた軍人であつた。そしてその子供だと云ふ、五つになる愛らしい子が、餉台《ちやぶだい》の傍にすわつて鰻《うなぎ》を突ついてゐた。
 強《あなが》ち彼女も不真面目ではなささうに見えた。ビールに酔つてくると、彼女の生活から来た習慣
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