めた。そしてそれを出させてしまふと、漸《やつ》と解放されたやうな気持で、庭へ飛び出した。そして軽い気持で、昨日から運びこんだまゝになつてゐる植木を植ゑるために、鍬《くは》とシャベルを裏の物置から引張りだして来た。木でも植ゑたら廃《すさ》んだ庭が、少しは生気づくだらうと思はれた。
 それが済んでから、軽い疲れを楽しみながら、縁側でパンを食べながら、牛乳を呑んでゐると、そこへ吾妻夫婦が訪ねて来た。
「また遣つて来たさうですが……。」磯村は不安さうに訊《き》いた。
「いや、実は今日その、私んとこへ来ることになつてゐましてね。」吾妻はさう言つて、袂から半紙に何か書きつけたものを出して、突きつけながら、
「それでまあかう云ふことにしておきました。」
 磯村はそれを受取つて目を通した。金の受取と、そして今後何事があつても何等の迷惑を持込まないことと、子供が磯村に関係ないこととが、定法《ぢやうはふ》どほりに女の手によつて認《したゝ》められてあつた。
「そのくらゐにしておけば、たとひ何んな事があつても大丈夫です。」
「いや、どうも。」磯村はちよつとお辞儀をした。
「よく聞くと、あの大きい子供のお父さん
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