妻は言つてゐた。
「いや。」芳太郎は答へてゐたが、少しまごついたやうに、それを磯村に見せに来た。
「オイワイしますつて何だい。お前に当てたんぢやないか。局はミタだぜ。」
 芳太郎は泡をくつたやうに、ちよつとどぎまぎしながら茶《ちや》の室《ま》へ行つてしまつた。
「何だ、もう判つてゐるぢやないか。それでも知らしてくれたのは感心だ。」
 秀ちやんは閥《しきゐ》が高くなつてゐて、もう二年も姿を見せなかつたのであつた。
「多分本当だらうと思ふが、行つて見て来たら何うだ。」
「まさか※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]ぢやないでせう。この頃どこかあちらの方へ勤めてゐるさうですから、確かに見たんでせう。」妻もさう言つて襖《ふすま》をあけて、入つて来た。
「さうだらうとは思ふがね。無論さうだらう。」
「まあ可かつた。」
「これで己もいくらか吻《ほつ》とした。」磯村も言つた。
「今度駄目だつたら、もう御父さんには心配かけない、自分で何うかすると言つてゐましたけれど。」
「おれも学校なんか止めさせて、皆で何か商売でもして、一緒に働かうかと思つた。」
 暫くすると、磯村はまたペンを動かしはじ
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