慵《ものう》く聞こえ、たまたま銀座などへ出てみても目がくらくらするくらいであったが、葉子と同棲《どうせい》するようになってからは、彼は何か悽愴《せいそう》な感じと悲痛の念で、もしもこんなことが二年も三年も続いたならと、そぞろに灰色の人生を感ずるのであったが、しかし自身の生活力に信用がおけないながらに、ぶすぶす燃える情熱は感じないわけにいかなかった。異性の魅力――彼はそれを今までそんなに感じたこともなかったし、執着をもったこともなかった。
「おばちゃんどこへ行ったの?」
咲子がきいた。
「さあね。」
ちょうど彼女が宿泊していた旅館の前も通りすぎて、彼は三丁目の交叉点《こうさてん》へ来ていた。旅館の前を通る時、そこの二階の例の部屋に彼女と子供がいるような気もして、帳場の奥へ目をやって見たのであったが、そこを通りすぎて一町も行ったところで、ちょうどその時お馴染《なじみ》の小女が向うから来てお辞儀をした。彼女も葉子と同じ郷里の産まれで、髪を桃割に結って小ばしこそうに葉子の用を達《た》していたものだが、お膳《ぜん》を下げたりするついでに、そこに坐りこんで、小説や映画の話をしたがるのであった。
前へ
次へ
全436ページ中78ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング