たが、ふと園内で出遭《であ》った学友にも、面を背向《そむ》けるようにしているのを見ると、庸三も気が咎《とが》めてにわかに葉子から離れて独りベンチに腰かけていた。と、それよりもその時に限って、何かめそめそして不機嫌《ふきげん》になった咲子を見ると、初めは慈愛の目で注意していたが、到頭|苛々《いらいら》して思わず握り太な籐《とう》のステッキで、後ろから頭をこつんと打ってしまったのであった。
それから間もなく、ある朝庸三が起きて茶の間へ出ると、子供はみんな出払って、葉子が独り火鉢《ひばち》の前にいた。細かい羽虫が軒端《のきば》に簇《むら》がっていて、物憂《ものう》げな十時ごろの日差しであった。いつもの癖で、起きぬけの庸三は顔の筋肉の硬《こわ》ばりが釈《と》れず、不機嫌《ふきげん》そうな顔をして、長火鉢の側へ来て坐っていた。子供の住居《すまい》になっている裏の家へ行っていると見えて、女中の影も見えなかった。が葉子は何か落ち着かぬふうで、食卓のうえに朝飯の支度《したく》をしていた。瑠美子はどうしたかと思っていると、大分たってから、腰障子で仕切られた四畳半から、母を呼ぶ声がした。葉子は急いで傍へ
前へ
次へ
全436ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング