《きっかけ》となって川沿いの家の訪問となったものであった。
 支那服は東洋風の麗人にふさわしいものだけに、師匠を若くもしていたし、魅力的にもしていた。そこで小夜子の案で靴を贈ることに決まったが、どうせ贈るなら好いものをあげたいから、遊びがてら浜まで行って一緒に見てくれまいかというのであった。
「それで、足の寸法もありますから、あの人にも行っていただきたいんですの。それとなくみんなで遊びに行くことにして。支那料理くらい奢《おご》りますわ。」
「よかろう。」

      二十六

 さっそく電話で打合せをして、師匠の雪枝と新橋で落ち合って、小夜子と庸三父子と都合四人で半日遊ぶつもりで横浜へドライブしたのは、それから一日おいての午後のことであった。伊勢佐木町《いせざきちょう》の手前でタキシイを乗り棄《す》て、繁華な通りをぶらついたが、幾歳《いくつ》になっても気持の若い雪枝は、子供のように悦《よろこ》んで支那服姿で身軽に飛び歩いていた。やがて目的の元町通りを逍遙《ぶらつ》いて西洋家具屋や帽子屋の飾り窓を見てまわり、靴屋も見たのだったが、当の本人がいるのではやはり工合《ぐあい》がわるかった。何
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