のが――背後の影が仄《ほの》かに感じられて来た。
「僕がここまで引き摺《ず》って来たというんだろ。」
「そうじゃないのよ。私は結果を言ってんのよ。」
「そう、解ったよ。じゃ別れようよ。」
 しかしそのままに過ごした夜も更《ふ》け、遠近《おちこち》におこる百八|煩悩《ぼんのう》の鐘の音も静まってから、縫いあがった洋服を着てみせて、葉子も寝床へ入ったのだったが、庸三は少しうとうとするかと思うと、また目が冴《さ》えだして、一旦葉子の態度で静まりかけていた神経が、今度は二倍も三倍もの力で盛りかえして来るのだった。彼は床をはねおきると机の前へ来て坐った。葉子も目をさまして、彼の坐っているのに気づいて、白い手を伸べた。
「なに怒ってるのよ。寝てよ。意地悪ね。」
「早く下宿へ行って寝たまえ。」
 葉子もむっくり床から起きだした。そしてぶつぶつ言いながら洋服を着ると、今度は子供部屋から瑠美子を引っ張って来た。
「こんな大晦日の夜なかに人を表へ追ん出すなんて、それで大家もないもんだ。」
 泣き声で喋《しゃべ》りながら、瑠美子に洋服を着せると、そのまま出て行った。玄関の硝子格子《ガラスごうし》をしめる音に
前へ 次へ
全436ページ中391ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング