すぎるようでいやだから。」
そうしているうちに、註文《ちゅうもん》の式服が、葉子の希望どおり二三箇所|刺繍《ししゅう》を附け加えて出来あがって来た。庸三はいよいよ脚光を浴びることになりそうに思えて、圧《お》し潰《つぶ》されたような心に、強《し》いて鞭《むち》を当てた。
庸三はかつて葉子の故郷で、昔、先夫の松川と結婚の夜に着飾ったという、小豆色《あずきいろ》した地のごりごりした小浜の振袖《ふりそで》に、金糸銀糸で千羽|鶴《づる》を刺繍してある帯をしめた彼女と、兄夫婦に妹も加わって、写真を取ったことがあった。それは庸三を迎えた時の彼女の家庭の記念撮影であったが、事によるとそれが本式になるのではないかと思った。
しかしある時庸三は、長男の庸太郎にだけそのことを告げて、彼の意見を徴しようと思った。
「そうですね、梢さんは別に物質を望むような人でもないでしょうから、差閊《さしつか》えはないと思いますけれど、籍を入れるのだけはどうかな。」
「いけないと思う。」
「まあね。」
庸三も頷《うなず》いた。
庸三がそのことを葉子に打ちあけたところで、彼女の表情はにわかに険しくなった。
「庸太郎さ
前へ
次へ
全436ページ中359ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング