も乗ってドアをがちゃんと締めた。庸三はいくらか薄気味わるくも感じたが、好奇心も働いたので黙ってするままにしていた。
「一体どこにいるの? やっぱり逗子?」
「いいえ、あすこは最近引き払いましたのよ。それで今は渋谷《しぶや》に一軒手頃な家をかりていますの。どうせ手狭なものですけれど、でもちょっと手のかかった落着きのいい座敷もございますのよ。お庭も隣りの植木屋さんのにつづいて、さざん花や碧梧《あおぎり》や萩《はぎ》など、ちょっと風情《ふぜい》がありますのよ。あすこでしたら、きっと落ち着いてお書きになれますわ。だからぜひ一度先生をお迎いしたいと思いまして……。これから行きましょう。」
「さあね。」
庸三は何か擽《くすぐ》ったい思いで、呪《のろ》わしいあの事件の附け足しが初まるのではないかという不安と、どうして彼女の態度がこう慇懃《いんぎん》になって来たものかという不思議とで、頭脳《あたま》が一杯で、彼女の気持を判断するだけの余裕もなかった。この場合に限らず彼は元来直面した現実の意味をその時即座に理解するだけの聡明《そうめい》を欠いていた。それゆえ葉子が世間の風評に誤まられて、例の川沿いの家
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